前編では、日本の営業職から都市計画分野に挑戦するきっかけや、未経験の状態でオーストラリアへ渡った背景について松村さんに伺いました。
後編では、実際にオーストラリアでの就職活動に直面したリアルな状況や当時のエピソード、ポジション獲得のための具体的戦略、さらに将来を見据えたキャリア設計までをお伺いしました。
松村さんがどのように市場の変化を乗り越え、人脈やレジュメを活かして都市計画のキャリアを切り開いたのか、前編ご覧になった方はもちろん、業界問わず、これからオーストラリアで挑戦したい方にとっても参考になるリアルな体験談です。
※詳細は動画をご覧ください
前編はこちら▶︎安定を捨てて海外へ|日本の営業職からオーストラリア都市計画へ転身【オーストラリア就職#48】
楠本:
もちろん大学院での勉強も大変だと思いますが、実際にはその後の就職活動、仕事探しで壁にぶつかる方が多いと思います。大変なことはありませんでしたか?
松村:
ほとんど情報はありませんでした。周りに聞いていく中で、コネクションが非常に大切だと聞いたので、ソーシャルイベントや業界イベントに積極的に参加し、いろんな人と話して連絡先を交換していました。
楠本:
具体的にどんなことを準備しましたか?
松村:
レジュメとカバーレターのブラッシュアップですね。いろんな人に見てもらい、意見をもらいながら改善していきました。最初はどのポジションに挑戦すべきか、どの業界が市場が大きいとかという情報が近くにはほとんどなかったので、かなり苦労しました。
楠本:
どうその状況を突破していったんですか?その時期の市場状況はどうでしたか?
松村:
私は就職活動を始めたのが2022年末で、市場的には比較的良いと言われていて、新卒のポジションも募集がありました。都市計画分野でも、自分が将来価値のある人材になれるポジションを目指して、プレイスメイキングという分野を集中して探していたんです。でも実は、その分野はあまり市場が強くなく、経験者を採用するケースがほとんどでした。プレイスメイキングや参加型計画というのは、市民の声を取り入れるプロセス重視の仕事で、暮らしている人の声を拾いながら、空間や場所をどういう風に作り変えていくか、どう補助していくかということを担うポジションです。
松村:
メルボルンのレーンカルチャーは実はプレイスメイキングの活動として形成されたんです。もともとゴミ処理や浮浪者のスポットだった裏道(小道)を、建築家やデザイナーが少しずつ活性化させていきました。商業関連の企業がビルやデパートを建設して、その2施設の間をアーケードっぽく装飾していって今のレーンウェイが生まれました。
当時、メルボルンの空洞化が問題になっていた時期で、これをきっかけにカルチャーというメルボルンの大切な部分が根付いていきました。
楠本:
そう、アーケードや小道に隠れたカフェや雑貨屋が結構あるんですよね。日本でも清澄白河などで同じような動きが見られますが、どうなんでしょうか。
松村:
あれは多分、メルボルンで言うとノースメルボルンみたいな感じで、一部の起業家たちが「この街をこうしていこう!」と自分たちで盛り上げて、できた感じがします。
楠本:
就職活動は順調でしたか?
松村:
最初は比較的選べる状況でした。先述の通り、新卒の募集もありましたが、当時目指していたポジションではなくて、今結果的に担当しているような法定計画や戦略計画のポジションばかりでした。今後のキャリア、日本でも経験を活かせるかどうかを考えた時に、法定計画は法律が絡んでくるし、特にビクトリア州の州法に特定的になるため、日本での転換が難しい。そういう意味で、当時は法定計画は候補として一番下でした。
当初から、オーストラリアでの一生働くことは考えていなくて、日本で働く上で、オーストラリアでの就業経験がある方がいいだろうなと思い、まずはこっちでの就職を希望していました。
楠本:
留学でオーストラリアに来る方は、おそらくそのパターンが大多数です。
松村:
そうですよね。2022年末ごろと比較して、2023年春頃は就職市場が一気に停滞しました。ネイティブも含めて誰も簡単には雇ってもらえない状況になりました。それまでは、正直、これならできそう、これなら強みを活かせそうとか仕事を選びながら応募していましたが、市場が停滞してからは、カフェで皿洗いをしながら就職活動を続け、いつまで続くのかなと悶々とする時期もありました。でも、ここで終わってもしょうがないので、視野を広げて都市計画分野であればなんでもいいという感じで、挑戦可能なポジションを探しました。
楠本:
なぜ状況が変わったのでしょうか?
松村:
市場の需要が経験者に集中したためです。ちょうどコロナが明け、ものごとが一気に回復に向かったので、急ピッチで進められるように経験者の採用優先に切り替わりました。新人を育てる余裕がなくなり、企業も採用予算が上がったことで、経験者や永住権を持つ人材が優先されるようになったんです。
楠本:
この状況の中でどのように突破口を見つけましたか?
松村:
求人が減ったという実感はありましたが、他責ではなく、自分にも要因があるはずと思ってできることを考えました。人に会い、意見を聞き、その上でレジュメやカバーレターをブラッシュアップしました。
楠本:
具体的にはどんな工夫ですか?
松村:
日本の職歴を出しすぎないことです。オーストラリアではオーバースキルと判断されることがあり、エントリーレベルのポジションには不向きになる場合があります。企業やポジションによって、結構手間ですが、レジュメやカバーレターをしっかり整えて望んでいました。
あとは、ジョブディスクリプションをよく読んで、レジュメにキーワードを盛り込んでいくようなテクニック的なところまで詰めました。
楠本:
実際どのくらいの期間就活をして、何社ほど応募したんですか?
松村:
就活自体は1年3ヶ月くらいやりました。累計では100社以上です。
楠本:
それはメンタル的にもだいぶ効いてきそうですね。
松村:
そうですね。当時は仕事が見つからないので、皿洗いをしていて。日本では、メーカー企業で営業をやっていたのに、言語もスキルもいらないただ皿を洗うだけの仕事やっていて、そのギャップ自体に自分も「これでいいのか」と思うときはありました。でも、続けている限りは場面が来るだろうと。打席に立てるまで、できるところまでやろうと思って少しづつなんとか進めていきました。
その中で同じ会社に2回か3回程度面接に行ったこともあります。
楠本:
担当者は同じだったんですか?
松村:
そうです。1回面接した時に、「すごく好印象だったから君を雇いたんだけど、社内の事情が変わって、一旦求人を下げなきゃいけなくなった。また求人を出すからその時にもう一回応募してくれ」って言われて、実際にもう一回応募したら、本当にまた声をかけてくれて。また面接にいきました。そしたら、今後は同じタイミングで、シニアのポジションを募集していて、そっちでいい人材が採用できたから、今回はエントリーレベルの採用をやめることにしたと。「ごめんね」と言われました。
楠本:
大丈夫でしたか?逆恨みとかはしてないですか?
松村:
大丈夫です。他にあったのは、数ヶ月前に応募した会社からいきなり電話がくる。いきなり、「あの時応募してくれた件だけど」って電話がくるんですが、正直いっぱい出しているし、わからなくて。本当に覚えていなくて、どちら様ですか?と言ってしまい、話がなくなってしまったケースもあります。
楠本:
その突然、数ヶ月前に応募した会社から連絡が来るのは、結構オーストラリアあるあるかもしれませんね笑
松村:
まだあります。例えば、「都市計画で応募しているけど、交通計画で来れない?」みたいな。別のポジションなら雇える。しかも「メルボルンで記載があるけど、ブリスベンに来れない?」みたいな。それなら、ビザのことも検討できるよってことで話が進んだ仕事があったのですが、結局、経験者が必要となって、それも見送りになりました。
楠本:
就職活動をする上で、ビザは足かせになりましたか?
松村:
だいぶ強い足かせになりました。求人によっては、「永住者」と明記されているものもあります。とはいえ、都市計画って実は大学もしくは大学院でしか資格が取れないんです。そのため、人手不足が起きやすいという側面はあるので、そういう意味では、ビザが原因で絶対に就職できないということはないと思います。
正直、新卒採用は基本的に枠が1人なので、激戦です。一度も非ネイティブの方とは被ったことがなく、現地の方と肩を並べて戦っていくことになるので、準備は必要です。
楠本:
必勝法などはありましたか?
松村:
ジョブディスクリプションをしっかり読んで合わせにいく。あとは、これは場所が変わっても同じですが、面接では相手の目を見て話すことです。反応も見ながら微調整していくような、細かいことはやっていました。
楠本:
日本とオーストラリア企業で働く経験から、これは違うなと思う点はありますか?
松村:
残業に対する意識ですね笑。残業を酷く嫌がる。仕事ができない人という認識にもなります。これはどうしても今日やらないといけないかどうかを問われ、帰れと言われます。基本姿勢として、残業に対する美学というか、プラスの側面は全くありません。例えば、自分の中で「これは今日中に終わらせたい」というものも、期限が今日じゃない限り許されない。結局、責任者のサインがいる場合、どちらにしても「明日じゃねーか」となります。
楠本:
僕はよくスポーツで例えるんですが、働き方が日本は野球スタイル、オーストラリアはサッカースタイルなんです。決められた時間内にどれだけの成果をあげるかがサッカースタイルに対して、何時間かかろうが9回裏まできっちりやるのが野球ですよね。
松村:
あとは、働く時間がフレキシブルです。例えば、朝早く来て早めに帰るとか。もちろん報告はありますが、正式な申請がなくても常識の範囲内で自由な時間で働いています。
楠本:
逆に日本人で重宝されているなというようなポイントはありますか?
松村:
良い面も悪い面もあるかもしれませんが、比較的、仕事の取捨選択をしない傾向があるのが日本人だと思っています。逆にいうと、責務があって、仕事は断らないケースが多いですよね。その場合は、結構マネージャーが「君はどうしたいんだ、どういうキャリアを築いていきたいんだ」って混乱しちゃうんです。どうやって成長したいのか、キャリアの方向性がわからないと消極的と捉えられることがあります。こっちの人は「この仕事は僕に回してくれ」とか「これに携わらせてほしい」とかやりたいことを伝えています。
楠本:
それは日本とは表裏一体の部分もありますよね。日本の場合は、「これをやりたい」と言ったら、とりあえず言われたことだけやってくれってなっちゃいますもんね。
楠本:
これから海外で就職を目指すみなさんにぜひメッセージをお願いします。
松村:
防衛的悲観性を持ちながら、知的好奇心を持っていくというのが重要だと思います。
つまり、海外で生活して、夢を叶えていこうとすると、やはりいくら想定しても想定外のことが起こります。壁にぶつかることもあります。なので、現実的に見ないといけない部分もあって、挑戦する反面、どういうリスクが付随してくるのかという時には悲観も、自分を防衛するためには必要だと思います。あくまで、好奇心を前面に、現実的な部分も持ち合わせおくといいのかなと思います。
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